K. 580

「Schon lacht der holde Frühling」(ソプラノと管弦楽のためのアリア)K. 580――モーツァルトの未完の春の情景

par Wolfgang Amadeus Mozart

Silverpoint drawing of Mozart by Dora Stock, 1789
Mozart, silverpoint by Dora Stock, 1789 — last authenticated portrait

モーツァルトの《「Schon lacht der holde Frühling」》(ソプラノと管弦楽のためのアリア)K. 580は、1789年9月17日にウィーンで作曲された変ロ長調のコンサート・アリアである。33歳の年に残された、興味をそそる未完の断章だ。正典の周縁に置かれがちな作品ではあるものの、晩年ウィーン期のモーツァルトの声楽語法――気品に支えられ、木管の彩りを帯び、オペラという器がなくとも劇的な感覚を失わない――を凝縮して垣間見せてくれる。

背景とコンテクスト

1789年秋、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756–1791)はウィーンに住み、同地の移ろいやすい劇場・演奏会の需要に応じて作曲を続けていた。《「Schon lacht der holde Frühling」》K. 580も、そうした実務的な世界――特定の歌手のため、あるいは土地ごとの改作に合わせて既存の舞台作品へ差し込むべく書かれた「挿入アリア」――に属する。作品には「ウィーン、1789年9月17日」と日付があり、Internationale Stiftung Mozarteumが提供するケッヒェル目録の項目では、未完の断片として伝えられている[1]

K. 580は、ジョヴァンニ・パイジェッロの人気作《Il barbiere di Siviglia》(1782)と結びつけて語られてきた。現代の参照用リストでは、モーツァルトのこのアリアを同作に挿入する目的で書かれたもの、と説明する例が一般的である[2]。言い換えれば、これは「モーツァルトのオペラではないのにオペラの音楽」――おなじみの劇的媒体のなかで、ソプラノの資質を引き立てるために用意された独立した場面なのである。

この曲が研究者や演奏家にとってとりわけ魅力的なのは、その伝存事情が複雑である点だ。Breitkopf & Härtelの現代の注記によれば、自筆譜は長年行方不明とされ(すでに1964年には「不明」と表示されていた)、そのため校訂上のアクセスにも影響が出ていたが、のちに再発見され新しい版の基礎として用いられたという[3]。アーカイブをめぐるドラマはさておき、そもそもモーツァルトがK. 580を未完のまま残したという事実が、独特の聴き方を促す。ふつうなら彼が用意したはずの建築的な「決着」を迎えないまま、霊感に満ちた始まりだけが聞こえてくるのである。

テキストと作曲

テキストは春の情景――「Schon lacht der holde Frühling」(「すでに愛らしい春が微笑む……」)――から始まるが、その感情の核は牧歌的な安らぎではない。詩は自然の再生と、語り手の消え残る不穏とを対置する。花々とやさしいそよ風は戻ってくるのに、苦しむ心には「静かな慰め」が戻ってこない。

このドイツ語の詞は一般に、ピエトロ・メタスタージオ(1698–1782)によるイタリア語原詩――とりわけ詩《「La primavera」》(Già riede primavera)――の無名翻訳と見なされている。LiederNet Archiveは、イタリア語テキストの作者としてメタスタージオを挙げ、モーツァルトの設定に用いられたドイツ語は匿名/未詳の翻訳であると注記している[4]。イタリア語の源泉、ドイツ語への翻案、そしてウィーンにおける上演上の実用性という重なりは、18世紀後半のオペラ実務を見事に要約している。

音楽面では、ソプラノ独唱と管弦楽のために書かれており、ケッヒェル目録の編成リストは後期古典派らしい木管の充実したパレットを強調する。すなわち、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、弦楽器(通奏低音/バス声部を伴う)である[1]。クラリネットの存在感は示唆的だ。1789年までにモーツァルトはこの楽器をウィーンでの作風を特徴づける色彩へと育て上げ、しばしば眩しい明るさを和らげ、人間の声に近い、語りかけるような音色へと変換するために用いている。

音楽的性格

K. 580は断片であるにもかかわらず、その冒頭だけで晩年の様式がミニチュアのように立ち上がる。旋律の即時的な歌心が、舞台上の人物を捉える鋭い感覚と均衡しているのだ。変ロ長調はモーツァルトにおいてしばしば温かく社交的な調性だが、ここではその「公的」な仮面の奥で、私的な不安がちらつきうる。春のイメージは優雅な旋律書法を誘う一方、詩の中心にある逆説(自然は癒えるが、心は癒えない)は、和声の陰影やレトリックの転回を促す。

このアリアの独自性は、劇的圧縮にある。レチタティーヴォ+アリアという二部構成の大規模なコンサート・アリアとは異なり、K. 580は最初から in medias res――あたかも登場人物がすでに状況の只中に立ち、聴衆へ直接打ち明けているかのように始まる。ケッヒェル目録の項目ではこの人物は「ロジーネ(Rosine)」と名づけられている[1]Barbiere文化のなかでの意図された機能を想像することもできる。オペラの世界観に調和しつつ、ソプラノに新鮮な感情の「クローズアップ」を与える差し替えナンバー、というわけだ。

なぜこの控えめで未完の小品が注目に値するのか。まさに、場面を立ち上げるのにモーツァルトがほとんど何も要しなかったことを示すからである。数ページのうちに、彼は人物、季節、そして感情の矛盾を描き出す――しかも晩年ウィーン期を特徴づける、まろやかに溶け合う木管の書法によって。1780年代のより著名なコンサート・アリア群と並べて聴けば、《「Schon lacht der holde Frühling」》は小さいながら雄弁なドキュメントとして立ち現れる。モーツァルトが、実在の歌手、実在の劇場、実在の機会のために作曲していたこと――たとえその「機会」そのものが、今日ではほとんど視界から消え去ってしまっていても――を伝えるのである[2]

[1] Internationale Stiftung Mozarteum, Köchel-Verzeichnis entry for KV 580: dating (Vienna, 17 Sep 1789), status (fragment/uncompleted), key and instrumentation.

[2] IMSLP work page for “Schon lacht der holde Frühling,” K. 580: general info, fragment status, and common reference note (insertion aria).

[3] Breitkopf & Härtel catalogue note on KV 580: editorial/source history (autograph missing since 1964; later resurfaced; used for a modern edition).

[4] LiederNet text page: Metastasio’s Italian poem “La primavera” (*Già riede primavera*) and the anonymous German version associated with Mozart’s setting.