2本のホルンのための《12の二重奏曲》K. 487(K. 496a)変ホ長調――真作性、様式、そしてナチュラル・ホルン
沃尔夫冈·阿马德乌斯·莫扎特

モーツァルトの《2本のホルンのための12の二重奏曲》(K. 487、別名K. 496a)は、慣例的に1786年作とされるウィーンの小品集で、ナチュラル・ホルンの制約を機知に富んだ発想の源へと転化している。長らく教育用、あるいは家庭での演奏を念頭に置いた音楽として扱われてきたが、近年の目録作成や版では、いくつかの個別デュオ(第2、4、5、7〜12番)が真作性に疑義ありと見なされているため、学術的にも特別な注目を集めている[1]。
背景と文脈
1780年代半ばのウィーンは、職業音楽家とアマチュアが共存し、音楽が劇場やサロンだけでなく、家庭でも――学習のため、仲間内での合奏や読譜の楽しみのため、実践的な訓練のため――当然のように求められる都市だった。モーツァルト(1756–1791)はそうした状況に向けて豊富に作品を書き、管楽器奏者――とりわけホルン奏者――は彼の交友圏のなかで重要な位置を占めていた。楽器の公的な輝かしさ(狩りの合図、ファンファーレ)と、私的な魅力(中音域での柔らかなcantabile)は、短い室内楽作品にうってつけだったのである。
《2本のホルンのための12の二重奏曲》は、こうした実用的なウィーンの世界に属する。短時間で稽古でき、通奏低音や追加の楽器を必要とせず、対等な二人の“会話”として楽しめる音楽だ。たとえ帰属の問題をひとまず脇に置いたとしても、現存するデュオは、モーツァルトが管楽器固有の語法にいかに敏感だったかを示している――分散和音から旋律を紡ぐ手つき、呼吸の配分、そしてエコー、模倣、音域の切り替えによって「対話」を作り出す方法が、ここで照らし出される。
作曲と献呈
現代の主要な参考資料は、K. 487/496aを1786年のウィーン作品として位置づけている[1]。この曲集は、2本のナチュラル・ホルンのための短い二重奏曲12曲として伝わっている。ナチュラル・ホルンはヴァルヴを持たないため、倍音列と、半音階的な音を得るためのハンド・ストッピング(手による操作)に依存する。その実際的条件が書法を規定し、作品は明確な三和音の輪郭、響きのよい開放倍音、そして二人が常に能動的でいられる活発なやり取りを好む。
本作の文脈で最も際立つのは、帰属(真作性)の問題である。新モーツァルト全集(Neue Mozart-Ausgabe)では、これらのデュオは2本のホルンのための音楽として扱われ(以前の推測のように、2本のバセット・ホルンのためではない)、しかし曲集内部の様式的な多様性から、研究者や目録編纂者は複数の曲に疑義を付してきた。具体的には第2、4、5、7〜12番である[1]。言い換えれば、K. 487は一様に確実な「組曲(サイクル)」としてではなく、真作と考えられるモーツァルト作品の核に、出自不詳の曲が交じりうる小アンソロジーとして接するのが適切だろう。
形式と音楽的性格
しばしば「変ホ長調の曲集」として一括して語られるとはいえ、この《12の二重奏曲》は単一の大規模作品というよりも、小品の組曲(ミニアチュールの連なり)として振る舞う。各デュオは概して、分かりやすい二部形式または三部形式(舞曲的な楽節、反復される部分、均整の取れたフレーズの長さ)を採り、演奏の場で直感的に理解でき、明晰なアーティキュレーションが報われる種類の構成になっている。
優れたデュオを際立たせるのは、その凝縮度である。モーツァルトは2本の線だけで、充実した和声世界を示唆できる。片方のホルンが分散和音や終止の呼びかけで和声の骨格を描き、もう片方が旋律を歌う――そして役割が入れ替わる。ナチュラル・ホルンが「明るい」開放音へ傾きやすい性質は、作曲上の特徴へと昇華され、切れ味のよいリズムの輪郭、浮き立つファンファーレ風の型、洗練された交互応答(アンティフォニー)を生むときに、いかにもモーツァルトらしく響く。
現代の聴き手にとっての魅力は、バス声部や内声を欠いたまま、どれほど豊かな性格が投影されうるかにある。デュオは、タイミングとダイナミクスによって暗黙の和声を形づくることを奏者に促し、同時に、修辞的で会話的なスタイル(問いと答えのフレージング、エコー効果、終止での遊び心ある受け渡し)を引き出す。この意味で本曲集は、モーツァルトの他の実用的な室内楽作品と並び立つ。規模は控えめだが、作りはしばしば精緻である。
編成
- 金管: ナチュラル・ホルン2本(古楽の実践では、デュオごとに替管/移調を替えることがしばしば行われる)
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受容と遺産
K. 487のその後の生命力が旺盛なのは、素材がきわめて融通が利くからにほかならない。デュオは版や編曲(たとえば弦楽二重奏用の版)として広く流通し、取り組みやすい演奏レパートリーであると同時に、古典派のフレージングとアーティキュレーションを学ぶための様式研究としても機能してきた[2]。
ホルンの世界では、この曲集は歴史的奏法への穏やかな入口にもなる。ナチュラル・ホルンで演奏しても、あるいは現代のヴァルヴ付きホルンで説得力ある形に“模倣”しても、この音楽は古典派の「話す」スタイル――明確なアタック、軽やかに弾むリズム、そしてパートナー間の慎重なバランス――を際立たせる。
最後に、個々の曲に付された疑義は、この曲集を退ける理由としてではなく、むしろ耳を研ぎ澄ます契機として捉えるべきだろう。説得力の高いデュオと疑わしいデュオを聴き比べることは、様式批評の訓練――モーツァルトが終止、フレーズのリズム、動機の節約をいかに扱うか――として有益である。こうして聴くと、K. 487は単なる教育用小品を超え、ウィーンの管楽書法を小さく実験する場となり、モーツァルト作品目録の周縁でさえ主流を照らしうることを思い出させてくれる。
乐谱
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[1] Neue Mozart-Ausgabe (NMA), Series VIII/21: Duos and Trios for String and Wind — editorial commentary for KV 487/496a (authorship notes; instrumentation; Vienna dating).
[2] IMSLP work page: 12 Horn Duos, K.487/496a — score access and basic reference data; demonstrates broad publication/arrangement tradition.




