K. 130

交響曲第18番 ヘ長調(K. 130)

av Wolfgang Amadeus Mozart

Miniature portrait of Mozart, 1773
Mozart aged 17, miniature c. 1773 (attr. Knoller)

モーツァルトの《交響曲第18番 ヘ長調》(K. 130)は、作曲者がまだ16歳だった1772年5月、ザルツブルクで完成した。規模は控えめながら配器は驚くほど色彩的で、とりわけフルートの目立つ扱いと、四本のホルンという稀な編成によって、十代のオーケストラ的想像力が鮮やかに刻印された一作である。

背景と時代状況

1772年、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756–1791)はザルツブルクに戻り、大司教ヒエロニムス・コロレドが統括する宮廷の音楽生活のなかで(公式・非公式に)職務に就いていた。都市が求めるのは実務的な音楽である。教会音楽、セレナーデ、ときおりの劇音楽、そして宮廷行事のための管弦楽曲。とはいえ、ザルツブルクの趣味が決して地方的だったわけではない。モーツァルトと父レオポルトは、イタリア、ウィーン、南ドイツ諸宮廷のあいだを行き交う最新の交響曲様式を鋭敏に把握しており、十代の作曲家はそれらの語法を驚くべき速さで吸収していった。

《交響曲第18番 ヘ長調 K. 130》は、1772年に書かれたザルツブルク時代の交響曲群の小さなまとまりに属し、1770年代後半〜1780年代に現れるモーツァルトの「飛躍」を告げる交響曲群以前の作品である。全作品のなかでも演奏頻度は高いとは言えないが、注目すべき理由が二つある。第一に、定型的な「序曲=交響曲」タイプを超えて、メヌエットを含む4楽章構成へと踏み出していること。第二に、必要な奏者が常に揃ったとは限らない宮廷楽団を前提にしながらも、意外なほど大胆な管弦楽の色彩実験を行っていることである。[1]

作曲と初演

K. 130は一般に1772年5月、ザルツブルクでの作とされ、同月に作曲された三つの交響曲(K. 128K. 129と並ぶ)のうち最後のものと説明されることが多い。[1] 自筆譜が現存しており、作品の真作性は確実である。[2]

後年の多くのモーツァルト交響曲とは異なり、具体的な初演日・会場・機会は、オンラインで参照できる標準的な要約資料では確定的に記録されていない。もっとも慎重な見立ては、この曲がザルツブルク宮廷での使用を念頭に置かれていた、というものである。そこでは交響曲が、演奏会のプログラム、儀礼音楽、あるいは(文脈によっては)劇場に関連する導入音楽として機能し得た。現代の版は本作を《Neue Mozart-Ausgabe》(新モーツァルト全集)の枠内に位置づけており、演奏と研究の双方に耐える安定したテクスト基盤を持つことが示されている。[3]

編成

K. 130の編成は、モーツァルト初期交響曲のなかでもとりわけ目を引く特徴である。ザルツブルクでより一般的だったオーボエとホルンの組み合わせではなく、モーツァルトはフルートを用い、さらに珍しいことにホルン二組、すなわち四本のホルンを要求している。[1]

  • 木管: フルート2

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  • 金管: ナチュラル・ホルン4(2組。楽章ごとに替管を使用)
  • 弦楽: ヴァイオリンI&II、ヴィオラ、チェロ、コントラバス

オーボエの「代わりにフルート」を置くことは、モーツァルトの交響曲書法では初めてだと指摘されることがあり、ホルン4本という補強も彼の作品中では稀である。[1] こうした選択により、外楽章には柔らかな輪郭をもつ牧歌的な光沢が生まれ、ホルンが和声的に総動員される場面では儀礼的な輝きが楽譜全体に差し込む。

同時に、この配器はザルツブルクにおける実務上の問いも呼び起こす。1772年の宮廷オーケストラは、フルートとホルン4本を確実に揃えられたのだろうか。現代の参考文献の注釈で示唆される説明としては、奏者が持ち替えた(たとえばオーボエ奏者がフルートも吹いた)可能性、あるいは日常の最低編成というより理想的なアンサンブルを想定して書いた可能性が挙げられる。[1]

形式と音楽的性格

K. 130は自信に満ちた4楽章構成を採り、3楽章のイタリア風シンフォニア・モデルというより、1770年代初頭に進んでいく「演奏会交響曲」への流れに合流している。

  • I. Allegro(ヘ長調、4/4)[1]
  • II. Andantino grazioso(変ロ長調、3/8)[1]
  • III. Menuetto – Trio(ヘ長調、3/4)[1]
  • IV. Molto allegro(ヘ長調、4/4)[1]

I. Allegro

第1楽章はエネルギッシュで、はっきりと劇場的——たとえ幕がなくとも「幕が上がる」種類の音楽である。際立つのは若々しい推進力だけではなく、その音色の輪郭だ。フルートはオーボエほど刺すような鋭さを伴わずに明るさを与え、ホルンは和声のスペクトルを広げることで、終止がより広々として公的な響きを帯びる。ここには、旋律発想だけでなく管弦楽的に考えるモーツァルトの早い例が見て取れる。

II. Andantino grazioso

変ロ長調、ゆったり揺れる3/8の第2楽章は、均整の取れた対照を提示する。より親密で、ほのかに舞曲的で、優雅なフレーズの対称性によって形づくられている。ここでは配器がもつgraziosoの性格が説得力をもって響き、フルートは交響曲の枠内にありながら室内楽的な繊細さをほのめかす。またこの楽章は、比較的短い時間幅のなかで持続する抒情を保つ技術——のちに協奏曲の緩徐楽章で中核となる技能——をモーツァルトが試みていることも示している。

III. Menuetto – Trio

メヌエットの挿入は、周囲で形成されつつあったオーストリア=ドイツ系の交響曲伝統への関与を示す(ザルツブルクの音楽圏ではハイドンの影響は常に近い)。演奏においては、このメヌエットは堅固で急がない脈動が生きる。舞踏会の小品というより、公的な身振り——宮廷舞曲を演奏会用に言い換えたもの——として立ち現れる。トリオでは一般にテクスチュアが緩み、木管のより柔らかな色合いが浮かび上がり得る。

IV. Molto allegro

終楽章は快活で輝かしい筆致と、生き生きとした前進感で勢いを取り戻す。モーツァルト初期交響曲のフィナーレは、ときに単純な「締めのナンバー」として機能することもあるが、ここでのMolto allegroは真の結末として感じられる。引き締まったリズムのエネルギー、素早い受け渡し、そしてホルンの共鳴する存在感に支えられた、明るいヘ長調の確証がある。

受容と遺産

モーツァルトの後期交響曲(とりわけ第35番〜第41番)が演奏会レパートリーの中心を占めるため、K. 130はしばしば全曲演奏のサイクルや、ザルツブルク初期に焦点を当てた録音の中で主に取り上げられるにとどまる。しかし、この相対的な目立たなさは、作品が示すものを覆い隠しかねない。16歳のモーツァルトはすでに、ザルツブルクの交響曲がどのように響き得るか、その境界を試していた。木管の色彩(オーボエをフルートに置き換える)を実験し、さらに四本のホルンによって金管のパレットを拡張するという、のちには稀にしか用いないオーケストラ上の贅沢を導入しているのである。[1]

今日、K. 130は単なる徒弟期の成果というより、様式的な野心を示すドキュメントとしてこそ注目に値する。交響曲技法がより建築的な確かさ(4楽章、明確な対照、目的をもったテンポ設計)を獲得しつつある地点に立ちながら、その想像力はすでにオーケストレーションの表現可能性へと引き寄せられている——この本能は、円熟期のオペラや後期交響曲で驚くほど華やかに花開くことになる。モーツァルトが「モーツァルト」になっていく過程に関心をもつ聴き手にとって、《交響曲第18番》は小ぶりながらも示唆に富む一章である。

[1] Wikipedia: overview, dating (May 1772), movement list, and discussion of unusual scoring (flutes instead of oboes; four horns).

[2] IMSLP work page: general information (May 1772), source details including autograph manuscript and editions.

[3] Bärenreiter preface (New Mozart Edition / NMA): identifies the work as Symphony in F major, “No. 18,” KV 130, Urtext of the Neue Mozart-Ausgabe.