交響曲ハ長調の楽章(断片)K. 467a
de Wolfgang Amadeus Mozart

モーツァルトの《交響曲ハ長調の楽章》(K. 467a)は、ハ長調で書き留められたごく小さな管弦楽スケッチが残るのみで、完成した交響曲ではない。実質的には、1782年のウィーンで—作曲者が26歳のとき—に記された、短い「一声部のメモ」に近い断片である。12 厳格対位法を吸収しつつ、同時に劇場音楽にも取り組んでいた密度の濃い時期の産物で、とりわけ《後宮からの誘拐》で知られる制作の流れの中に位置づけられる。3
判明していること
K. 467aとして伝わるのは、交響的な発想の一端と思われる断片にすぎない。新モーツァルト全集のスケッチ目録は、これを「ハ調の器楽作品のための一声部のメモ」と記しており、総譜はもちろん、短縮譜ですらない単旋律の残片だと説明する。1 また、モーツァルテウム財団の『ケッヘル目録』でも、ハ調の器楽作品(おそらく管弦楽用)として分類され、明確に断片であるとされている。2
ウィーン、1782年という年代比定は、この一葉が、帝都でのモーツァルト初期の自由業(フリーランス)時代の只中に置かれることを示す—そこは、急速な様式的拡張、オペラの締切、そして管弦楽のレトリックをいっそう自信をもって扱うようになっていく時期だった。2 こうした目録上の同定を超えて、この断片が想定していた規模(後年の一部の参照文献では交響曲の楽章と説明される)や、仮に複数楽章からなる構想があったとしてその中での正確な位置づけは、現存資料だけから確実に確定することはできない。
音楽内容
現存する記譜がハ長調による一声部の走り書きにとどまるとされる以上、K. 467aからは、ひとつの楽章全体のオーケストレーション、和声計画、形式設計を自信をもって復元できるだけの情報は得られない。12 それでも、この断片が示唆するのは、1782年のモーツァルトにとっての常套的な作業法である。すなわち、着想を素早く—ときに単独の旋律線として—書き留め、そこからウィーン期の成熟した管弦楽書法に特徴的な、より豊かで対話的なテクスチュアへと形作っていく、という方法である。23
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[1] Neue Mozart-Ausgabe (DME) table of contents for Series X/30/3 (Sketches): entry for Skb 1782d (1), identifying K. 467a as a 'note for one voice' for an instrumental piece in C.
[2] Internationale Stiftung Mozarteum, Köchel-Verzeichnis work page: KV 467a 'Instrumental piece in C', probably for orchestra (fragment), dated to Vienna 1782.
[3] Peter Keenan, MMus thesis (University of Glasgow), discussion of Wolfgang Plath’s study 'Das Skizzenblatt KV 467a' and the 1782 sketch context connected with *Die Entführung aus dem Serail*.




