ホルン協奏曲 第1番 ニ長調 K. 412(ロンド K. 514付き)
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト作

モーツァルトの《ホルン協奏曲 第1番 ニ長調》(K. 412)は、ウィーン最後の年(1791年)の作品に属し、作曲者のほかの協奏曲群の中でもやや異色の存在である。現存するのは2楽章の形で、想定されていた終楽章は別個に《ロンド》(K. 514)として伝わっている。友人で、長年にわたり苦労を共にしたホルンの名手ヨーゼフ・ロイトゲープのために書かれたこの作品は、協奏曲という形式の晩年の、親密な試みであり、超絶技巧の誇示よりも会話的な機知と、ニ長調の輝かしい色彩が際立つ。
背景と文脈
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756–1791)は、ザルツブルク生まれのホルン奏者ヨーゼフ・ロイトゲープ(1732/33–1811)のために、いわゆる4つの正典的なホルン協奏曲を書いた。ロイトゲープは家族ぐるみの親しい友人で、ウィーンに定住してからもモーツァルトの仕事上の人間関係の輪の中にいた。1791年、モーツァルトが驚くほど多彩な晩年の作品(《Die Zauberflöte》、《La clemenza di Tito》、そして《Requiem》)を次々に生み出していたさなか、彼は再びホルンへと立ち返った。自然な「野外」の連想を帯び、倍音列による制約も大きいこの楽器を、彼はとりわけ共感的に理解していたのである。[1]
K. 412は、そのホルン協奏曲群の中で、しばしば「パズルのピース」のような存在として扱われる。慣例的に「第1番」と呼ばれてはいるが、4曲の中で最後に書かれた可能性が高いと広く考えられており(しかも、成熟期ウィーンの協奏曲でモーツァルトが通常好んだ3楽章形式にも当てはまらない)。[2] その奇妙さこそが、この曲の魅力の一部だ。公共的で劇場的な見せ場作品というより、洗練されたウィーン的なHausmusikの理想に近い感触がある—それでいて、独奏とトゥッティが交替する佇まいは紛れもなく「協奏曲」なのである。
作曲と初演
この協奏曲の入り組んだテクスト(資料)史は、その受容と切り離せない。モーツァルトは1791年に冒頭楽章(Allegro)を完成させ、ロンド風の終楽章に着手したが、素材は完成度の異なる状態で残された。1791年12月5日のモーツァルト死後、弟子のフランツ・クサーヴァー・ジュースマイヤーが、演奏可能な形の終楽章を補筆し、現代の目録ではそれが別のケッヘル番号K. 514に結びつけられている。[2]
とりわけ具体的な拠り所は、ザルツブルク・モーツァルテウムのケッヘル目録にあるロンドの項目に残されている。写本伝承には1791年4月6日(金)という日付が含まれ、さらに表題部で伴奏楽器(ヴァイオリン2、オーボエ2、ヴィオラ、バス)まで明記されている。[3] つまり「晩年モーツァルト」という文脈は、様式からの推測にとどまらず、文書上の痕跡によっても支えられている。
一般に演奏される終楽章が、モーツァルト自身の音楽をどれほど含むのか(ジュースマイヤー、あるいは伝承過程の別の層ではないのか)という問題は、継続的に検討の対象となってきた。19世紀の目録作成と、その後の研究が、相互に異なる写本、年代、編成の細部をどのように整合させようとしてきたかは、ブライトコプフ&ヘルテル版の批判校訂序文に要約されている。[4] とはいえ聴き手にとって肝心なのは単純だ。私たちが今日出会う協奏曲は、晩年モーツァルトの「胴体」のような形でありながら、驚くほど明晰で魅力的に語りかけてくるのである。
編成
本作は独奏ホルンと管弦楽のために書かれている。現存する楽章にまたがる編成表記は資料や版によってわずかな差異があるものの、標準的な演奏用素材は控えめな後期古典派のオーケストラに整っている。
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- 独奏: ナチュラル・ホルン(corno)
- 木管: オーボエ2、ファゴット2(協奏曲の管弦楽編成として一般的に示される)[5]
- 弦: ヴァイオリンI & II、ヴィオラ、チェロ、コントラバス
ここで特徴的なのは、管弦楽の色彩の多さそのものではなく、均整の感覚である。ホルンは最も歌いやすい音域で歌うことを許され、伴奏はしばしば、気の利いた室内楽アンサンブルのように振る舞う—支えつつ、軽やかに分節し、独奏のフレーズに素早く応答する。
形式と音楽的性格
K. 412は標準的ではない構成で現存するため、モーツァルト的な「経済性」の研究として聴く価値がある。限られた手段で、いかに協奏曲としてのドラマ全体を示唆するか、という点である。
I. Allegro(ニ長調)
第1楽章は、ナチュラル・ホルンの倍音の「地の利」に合う、確信に満ちたニ長調の明るさを放つ。執拗な超絶技巧の誇示ではなく、モーツァルトが重んじるのは、明確な主題の輪郭と巧みな間合いだ。独奏者は征服者としてではなく、説得力ある語り手として織り目に入ってくる。オーケストラの役割も、提示してから引き下がるだけではない。トゥッティは独奏の書法を歯切れよく肯定しながら要所を刻み、対話はしばしば長大な管弦楽の段落ではなく、小さな動機のやり取りによって推進される。
技術的には、変ホ長調の後期の協奏曲K. 495のより華やかな局面に比べれば、比較的無理のない書法に収まっている—しかし、その節度は音楽的な帰結を伴う。反復音の色合いを変えたり、特定の倍音に表情豊かに「寄りかかったり」できるというホルン固有の性質が、それ自体で修辞的な装置となる。楽器の制約そのものが、性格を生み出す助けになっているのである。
II. Rondo(一般にK. 514として演奏)
終楽章の伝承こそ、この協奏曲が最も異例となる場所である。モーツァルトはロンドを作曲途中のまま残したらしく、ジュースマイヤーによる補筆完成版は長らく演奏会で受け入れられてきたが、残存するモーツァルトの草稿素材を用いるのは一部にとどまり、冒頭の一定範囲で緊密に対応したのち、内容が分岐していく。[6]
実際のところ、この楽章は、快活で前へ進むAllegroのロンド(反復されるリフレインと対照的なエピソード)として機能し、驚きよりも弾みとユーモアを狙っている。校訂者の耳で—つまり、すべての小節でモーツァルトの最終意図をそのまま伝えているとは限らないことを承知で—聴いたとしても、この作品はそれ自体として十分に報いてくれる。後期古典派のホルン終楽章として、独奏をオーケストラとの絶え間ない会話の中に置き、曲芸的なアクロバットよりも、優雅さと間合いを選び取っている。[2]
受容と遺産
K. 412の評価は、常に二つの事情の影にあった。慣例的な「第1番」という番号づけ(より定型的な3楽章協奏曲との比較を促してしまう)と、複雑な終楽章の伝承である。しかし、まさにそれらが、この作品が改めて注目されるべき理由でもある。
第一に、ここには晩年モーツァルトの響きの世界が小さな器に凝縮されている。明るいニ長調、明晰な管弦楽のテクスチュア、そして異様なほど親密な独奏の横顔。第二に、モーツァルトが特定の友人と特定の演奏現場の現実に向けてどのように作曲したかを覗かせてくれる。ロイトゲープは名もなきヴィルトゥオーゾではなく、協働者だった。モーツァルトのからかい混じりの余白書き込みに耐える度量も含め、その人格が作品の社会的な肌理の一部を成していたことは、協奏曲の資料史にも記録されている。[4]
最後にこの協奏曲は、現代の聴衆に「傑作」とは必ずしも記念碑的である必要はない、ということを思い出させてくれる。K. 412は晩年様式の作品でありながら、より軽やかな声で語りかける—優美で、判断は的確で、ナチュラル・ホルンに深く即した音楽である。とりわけピリオド楽器で聴けば、儀礼的なニ長調の輝きと会話的な温もりの混淆は、不完全な異物としてではなく、モーツァルトのウィーン古典主義が生涯の終わりに見せた凝縮された肖像として響くことがある。
楽譜
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[1] Overview of Mozart’s four horn concertos and their association with Joseph Leutgeb (reference context).
[2] Boston Baroque program note on K. 412 + K. 514: late dating, Süßmayr completion, and the work’s two-movement form.
[3] Mozarteum Köchel-Verzeichnis entry for the Rondo in D (associated with K. 514): manuscript heading with accompaniment and date (6 April 1791).
[4] Breitkopf & Härtel critical preface (PDF) discussing dating, sources, catalog history, and authenticity issues surrounding K. 412/K. 514.
[5] IMSLP work page for the Horn Concerto in D major (K. 412/386b) / Rondo K. 514, including commonly cited orchestral scoring details.
[6] Wikipedia article summarizing the relationship between Mozart’s draft and Süßmayr’s finale and outlining major scholarly hypotheses.




