「Welch ängstliches Beben」(K. 389)——モーツァルトが破棄した《Entführung》の変ホ長調二重唱
par Wolfgang Amadeus Mozart

二人のテノールのためのモーツァルトの二重唱「Welch ängstliches Beben」(K. 389、別名K.³ 384A)は、1782年8月にウィーンで作曲された短い未完のオペラ・アンサンブルで、《Die Entführung aus dem Serail》(K. 384)のために構想されたものの、最終的には採用されなかった。レパートリーの定番とは言いがたいが、ウィーンのドイツ語Singspielを人物造形に根ざしたアンサンブル書法によって作り替えつつあった、そのまさに瞬間のモーツァルトの「仕事場」を覗かせてくれる。
背景と文脈
モーツァルトが最初の大きなウィーンでの成功作——《Die Entführung aus dem Serail》(K. 384)——に取り組んでいた頃、彼はブルク劇場の舞台がドイツ語Singspielに何を求めるのかを、公の場で学んでもいた。すなわち、テンポの速いドラマ運び、くっきりと類型化された人物像、そして多様な観客に向けて明快に届く音楽番号である。現存する断片「Welch ängstliches Beben」(K. 389)は、1782年夏のこの異様なまでに生産的な時期に属し、ウィーンで1782年7月16日に行われた初演のわずか数週間後にあたる [3]。
ケッヘル目録では、K. 389はテノールのアリアに続く、管弦楽付き二人のテノールの二重唱として分類され、《Entführung》との関連が明示されると同時に「未完」と記されている [1]。この未完という事実は単なる書誌的珍奇さではない。18世紀のオペラ制作に不可欠だった改訂、差し替え、そして実務的な劇場判断——そうした現実を物語る証拠として、この作品を位置づける枠組みとなっている。
作曲と依頼
国際モーツァルテウム財団は、この断片を「ウィーン、1782年8月」とし、二つの独唱役をベルモンテ(テノール)とペドリッロ(テノール)と特定している [1]。歌詞はクリストフ・フリードリヒ・ブレツナーに帰される。ブレツナーの先行作《Belmont und Constanze》が物語の基盤となり、そこからゴットリープ・シュテファニー(子)がモーツァルト上演版の台本へと翻案した [1] [3]。
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K. 389には、より古い参照番号K.⁶ 384Aも付されており、後年の「演奏会用」声楽作品というより、オペラそのものに概念的に近い位置づけであることを示している [1]。言い換えれば、これは舞台素材として理解するのが最も妥当だ。特定のドラマ上の配置、特定の登場人物、そして上演準備という現場の圧力の下で書かれた番号なのである。
自筆譜は短いスコア断片(partitura fragment)として現存が確認されており、作品は「残ってはいるが未完」と説明される。これが、現代の上演や録音で取り上げられる機会が限られる理由の一つでもある [1]。
台本と劇的構造
断片という形であっても、題名行「Welch ängstliches Beben」(「なんという不安な震え」)は、《Entführung》におなじみの劇的空気——恐れ、忍び足、敵地で発見される危険——を指し示す。モーツァルトはこの二重唱をベルモンテとペドリッロに割り当てている。二人はオペラにおける主要な男性の「行動主体」で、ベルモンテは高貴な恋人、ペドリッロは機転の利く下僕であり策士だ [1]。
この組み合わせは重要である。18世紀後期の喜劇オペラやSingspielにおいて二重唱は、しばしばドラマを駆動する装置——同意、共謀、相互の励まし、あるいは演出された誤解——として機能する。テノール二人の二重唱という編成自体、ソプラノ–テノールの恋愛二重唱や、バス–バリトンの喜劇的組み合わせに比べればやや珍しい音色の選択であり、近い音域の二つの男声を、リズム、アーティキュレーション、管弦楽の陰影づけによって性格的に描き分けることをモーツァルトに促す。
ケッヘル目録における複合題名(「Welch ängstliches Beben」–「Alles ruhig, alles stille」)は、動揺から「無理にでも静まる」方向へのテキストの推移を示唆する。これは、神経質な動きから息を潜めた協働行動へと、場面を切り替えうるアンサンブルにとって理想的な前提である [1]。
音楽的構成と主要ポイント
K. 389は、《Entführung》の名場面のような「大きな」番号ではないものの、1782年におけるモーツァルトのアンサンブル技法の発展を、凝縮して示す習作として注目に値する。心理状態の変化をいかに素早くドラマ化するか、そして会話的な音楽時間をいかに舞台上「必然」に感じさせるか——その手際がここにある。
編成と響きの世界
モーツァルテウムは編成を、フルート、オーボエ、ファゴット、2本のホルン、弦(および2人のテノール独唱)としている [1]。IMSLPの作品記述も基本的に同じ編成を確認しており、2人のテノールと管弦楽、フルート、オーボエ、ファゴット、E♭のホルン、弦を明記している [2]。
- 木管: フルート、オーボエ、ファゴット
- 金管: ナチュラル・ホルン2本(E♭)
- 弦: ヴァイオリンI&II、ヴィオラ(モーツァルテウムの記載では分割)、チェロ、コントラバス
- 声部: ベルモンテ(テノール)、ペドリッロ(テノール) [1]
変ホ長調——モーツァルトにおいてしばしば「公的」で自信に満ちた調性——は、ここでは微かな劇的アイロニーとして読める。外見上は安定し、時に儀礼的ですらあるのに、テキストは内面的な震えを告げるからだ。E♭に即したホルンは、音楽の表面を温かく包む光輪となり、響きを落ち着かせもすれば、舞台上の「空間」を強調することもできただろう。
演奏会的誇示ではなく、人物描写としての二重唱
モーツァルトの舞台作品の中でK. 389が際立つのは、まさにその控えめで機能的な志向にある。聴衆を驚かせるための独立した演奏会用二重唱ではなく、行動の只中にいる二人の男が、神経の高ぶりを行動へとまとめ上げていく、説得力ある一瞬を狙った試みなのだ。優れたSingspielのアンサンブル書法では、音楽形式そのものが対話となる。声部の重なりは遮り合いや切迫を示し、より緊密なリズムのユニゾンは合意を示し、管弦楽の句読点は舞台上の所作のように機能しうる。
作品が断片としてしか残っていない以上、モーツァルトがどのような全体の劇的弧を意図していたかを確定的に復元することはできない。しかし、その未完性こそが示唆的である。新しいドイツ語オペラの最終形が、作曲家・劇場・歌手の間でなお交渉されていた状況では、代替番号が起草され、試され、差し替えられうる——このオペラ制作のワークフローの中でモーツァルトが作曲していたことを、この断片は示している。
初演と受容
「Welch ängstliches Beben」が、1782年7月16日の《Die Entführung aus dem Serail》初演と結びついた公的初演記録は存在しない。この番号は一般に、オペラのために意図されながら最終稿では上演されず、未完の断片として残ったものと理解されている [1]。
そのため現代におけるこの作品へのアクセスは、主として資料的・校訂的なものになる。IMSLPでは(19世紀の《Mozarts Werke》版に由来する)パブリックドメインの楽譜が入手可能であり、本作が舞台作品群の中でも「回収可能だが正典ではない」一隅に位置することをあらためて示している [2]。
要するにK. 389は、モーツァルトのオペラ作曲家としての評価を覆すから注目に値するのではない。むしろ、その評価を人間的なものとして感じさせるからこそ耳を傾ける価値がある。26歳のモーツァルトはウィーンで、ドイツ語音楽劇の新しいかたちを磨き上げつつあった。「Welch ängstliches Beben」は、その洗練が進行中である響きをとどめている——棄てられた劇的アイデアでありながら、急速に成熟していく彼のアンサンブル想像力の指紋が確かに残っているのだ。
[1] Internationale Stiftung Mozarteum, Köchel catalogue entry for KV 389: dating (Vienna, Aug 1782), authenticity/status, roles (Belmonte/Pedrillo), text author (Bretzner), instrumentation, and manuscript/source notes.
[2] IMSLP work page for “Welch ängstliches Beben, K.389/384A”: key, fragment status, and instrumentation summary; links to public-domain score.
[3] Reference overview for *Die Entführung aus dem Serail* (premiere date and context; Bretzner source and Stephanie adaptation).




