K. 344

ツァイーデ(後宮/Das Serail), K. 344――モーツァルトの未完「救出」ジングシュピール

par Wolfgang Amadeus Mozart

Mozart from family portrait, c. 1780-81
Mozart from the family portrait, c. 1780–81 (attr. della Croce)

モーツァルトの未完の《ツァイーデ》(原題《Das Serail》, K. 344)は、1779〜1780年のザルツブルク時代に書かれた断片である。ドイツ語ジングシュピールへの初期の、しかも驚くほどシリアスな試みとして、《後宮からの誘拐》を先取りする存在でもある。結末が完成しておらず、さらにモーツァルトの自筆譜では台詞(話し言葉の対話)も欠けているが、現存する楽曲番号には《イドメネオ》以前の声楽書法の中でもとりわけ胸を打つページが含まれており、名高いアリア「Ruhe sanft, mein holdes Leben」もその一つである。

自筆譜と発見

《ツァイーデ》は未完の総譜として伝わる。すなわち、場面をつなぐ台詞(話し言葉の対話)を欠いたまま、独立した音楽番号が連なる形で残っている。生前に出版も上演もされず、モーツァルトの死後、遺稿の整理過程でこの断片が世に現れた。未亡人コンスタンツェは遺稿(Nachlass)の相当部分をオッフェンバッハの出版者ヨハン・アントン・アンドレに売却したが、アンドレはのちに複数のモーツァルト自筆譜を初期に広めるうえで重要な役割を担うことになる。アンドレは1838年にこの作品を出版し、モーツァルトが確定的な題名を残していなかったため、主要人物の名にちなむ《ツァイーデ》という、今日標準となった名称を与えた。24

現代の目録作業は、この断片が辿った複雑な伝来と、同時にモーツァルト作品としての確かな位置づけの双方を反映している。モーツァルテウムのケッヘル・データベースは本作を《Zaide (Das Serail)》K. 344として掲げ、作曲地をザルツブルク、年代を1779〜1780年としている。1

作曲年代と背景

最も広く受け入れられている見解では、作曲は1779〜1780年にかけてのザルツブルクで、当時23歳のモーツァルトは大司教コロレドの雇用下で次第に苛立ちを募らせていた時期に当たる。1 彼はザルツブルクの外に機会を求めており、ドイツ語による舞台作品は現実的な道でもあった。台詞を伴うオペラであるジングシュピールはハプスブルク領で名声を高めつつあり、さらに「トルコ趣味」――alla turca 的な舞台設定(後宮、捕囚の筋立て、イェニチェリ風の色彩など)――がとりわけ流行していた。

こうした状況を踏まえると、《ツァイーデ》は単に放棄された企画としてではなく、一種の実験室として注目に値する。作品は1780年代初頭の成熟したオペラ世界へと踏み出す決定的な転回点に近く、その前提は次に完成される「救出」ジングシュピール《後宮からの誘拐》(K. 384)を予告している。2 《後宮からの誘拐》がウィーン時代の公的な勝利だとすれば、《ツァイーデ》は私的な草稿である。すなわち、同じ演劇上の課題――ドイツ語の番号オペラという形式の中で、感傷、危機、そして啓蒙主義的な道徳レトリックをいかに均衡させるか――に、ザルツブルクで取り組んだ試行なのである。

音楽内容

現存部分は、モーツァルトの劇的意図を読み取れるほどには充実している一方、あらゆる上演が編集上の判断を要するほど未完でもある。この断片は一般に二幕のジングシュピールと説明され、残された音楽は、連続したドラマトゥルギーというより、定型的な楽曲番号の鎖として存在している。12

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この時期のモーツァルトの舞台作品の中でも、現存部分がとりわけ特異に映る点がいくつかある。

  • シリアスな抒情の核。 第1幕のツァイーデのアリア「Ruhe sanft, mein holdes Leben」は、長らくこの断片の象徴と見なされてきた。伸びやかで優しいカンティレーナは、すでに1780年代初頭のモーツァルトに特徴的な、長い息遣いの声楽様式を指し示している。2
  • アンサンブルへの志向。 アリアだけでなく、二重唱、三重唱、四重唱といったアンサンブルも現存しており、独唱番号の単純な交替を超えて、より豊かな劇的テクスチュアを構想していたことがうかがえる。5
  • メロドラマ(*Melodram*)の実験。 管弦楽伴奏の上で台詞を語る箇所が二つ含まれている。後にベートーヴェンやウェーバーでおなじみとなる効果だが、モーツァルトの作品では比較的珍しく、レチタティーヴォに頼らずに舞台の緊張を高めようとする試みとして、ここではとりわけ印象的である。5

モーツァルトの自筆譜の伝承では台詞が欠けており、結末も完全には保存されていないため、《ツァイーデ》はしばしばコンサートで抜粋として聴かれるか、あるいは台詞と終結部を補った舞台上演用の「補作」(追加音楽を借用・作曲する場合もある)として上演される。この未完性は弁解されるべき欠点ではない。むしろ歴史的価値の一部であり、聴き手にモーツァルトが制作の途上にある姿――音調、形式、舞台の呼吸を試している最中――を聴かせてくれる。

周辺作品との関係

年代的に見ると、《ツァイーデ》は一つの折れ目に位置する。モーツァルテウムの年代比定(1779〜1780)によれば、ザルツブルク時代の雑多な職務と、迫り来るウィーンでの飛躍との間に置かれる。1 劇作法と様式の面では《後宮からの誘拐》の直接の前史を成し、両者は「トルコ趣味」の舞台設定と、ジングシュピールという仕組み(台詞+音楽番号)を共有する。したがって《ツァイーデ》は、モーツァルトがより大規模な構築、喜劇と暴力の対照、そしてウィーンでほどなく手にする公的な劇場的自信へと手探りで近づいていく過程として、十分に聴きうる。2

同時に、《ツァイーデ》は《後宮からの誘拐》の粗い下絵にとどまらない。現存する番号は、通俗的な「後宮もの」から想像されがちなものより、いっそう真摯で、時に憂愁すら帯びた抒情へと傾いている。この断片の最良のページでは、モーツァルトが人間的で内省的な劇の声を探り当てようとしている姿が見えるが、それはのちに彼の偉大なオペラ的人物造形の中心となる。要するに《ツァイーデ》が注目に値するのは、移行期のモーツァルトそのものだからである。断片でありながら、ドイツ語オペラが真の感情の重みを担いうることを、作曲家が発見していく瞬間を、一貫した断面として示してくれる。

[1] Mozarteum Köchel catalogue entry for Zaide (Das Serail), K. 344 — dating and work record.

[2] Zaide (Mozart) overview — discovery, publication history, relationship to Entführung, and incompleteness (reference summary).

[3] MozartDocuments.org commentary touching the context and misconceptions around Zaide’s presumed intended company (background on dating/context debates).

[4] Johann Anton André — purchase of Mozart’s papers and attribution of the title Zaide.

[5] IMSLP work page for Zaide, K. 344/336b — overview of the surviving fragment and editions (including NMA reference).