
- ケッヘル番号
- K9 488c | K6 488c
- ジャンル
- 協奏曲
- 形式
- ピアノ協奏曲
- 調性
- A Major
- 日付
- 3月 1786
- 作曲地
- Vienna
- 年齢
- 30
モーツァルトの《ピアノ協奏曲 イ長調のための楽章》(K. 488c)は、1785年末から1786年初頭にかけてウィーンで書かれた短い未完の自筆スケッチであり、《ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K. 488》の作曲現場(工房)と密接に結びついている [1]。現存する部分からは、協奏曲終楽章の構想として試みられながら放棄されたアイデアがうかがえる。すなわち、戯れ心に満ちたロンドの導入が、始まって間もなく途切れてしまうのである [1]。
判明していること
K. 488cは、ごく短い自筆断片として伝わっている。イ長調の未完の協奏曲楽章で、総譜の形で残されているものの、20小節で筆が止まっている [1]。モーツァルト作品目録(Mozart-Verzeichnis)はこれをウィーン(1785年11月〜1786年2月)の作とし、30歳のモーツァルトが完成作である《ピアノ協奏曲第23番 イ長調 K. 488》(彼自身の主題目録への記入日は1786年3月2日)を仕上げていた時期と、まさに重ね合わせている [1] [2]。
編成はすでにモーツァルトの円熟期ウィーン協奏曲にふさわしい規模で、フルート、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、弦楽、独奏鍵盤からなる。とりわけ、K. 488そのものと結びつく「クラリネットを含む響きの世界」と符合している点が注目される [1]。
音楽内容
現存するのは、ロンドの冒頭(後世の写譜者による記載では Rondo eines Clavier=Concerts)であり、Mozart-Verzeichnisでは性格が「戯れた(playful)」ものと述べられている [1]。同じ資料は、この構想が捨てられた理由として、実務的な音楽上の事情を示唆している。すなわちモーツァルトは、同一の協奏曲の中に6/8拍子の楽章が2つ並ぶことを避け、三楽章構成全体で拍節上のコントラストをより明確にしようとしたのではないか、というのである [1]。言い換えれば、K. 488cは「別の協奏曲」というよりも、モーツァルトが終楽章の主題や規模感を試しつつ、最終的にK. 488でおなじみの均整の取れた建築へと落ち着いていく、その過程を垣間見せる断片として読める。