K. 45a

交響曲 ト長調「アルテ・ランバッハ」(K. 45a)

von Wolfgang Amadeus Mozart

Portrait of Mozart aged 13 in Verona, 1770
Mozart aged 13 at the keyboard in Verona, 1770

モーツァルトの《交響曲 ト長調》(K. 45a)は「アルテ・ランバッハ」の愛称で知られ、家族がオランダに滞在していた折、10歳の彼が書いた驚くほど手堅い一連の交響曲群に属する。1766年初頭、ハーグで作曲されたこの作品は、気負いのない初期古典派の編成を土台に、儀礼的で自信に満ちた序奏的な開始と、すでに演劇的身振りを思わせる機敏な終楽章とを組み合わせている。

当時のモーツァルトの生活

1766年、ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756–1791)は10歳で、ヨーロッパでもっとも名高い神童として各地を巡る生活を続けていた。《交響曲 ト長調 K. 45a》は、モーツァルト一家がオランダ共和国――とりわけハーグ――に長期滞在した時期に生まれた作品であり、西ヨーロッパ各地を回った「グランド・ツアー」(1763–1766)の最終局面に位置づけられる。この時期、モーツァルトは土地ごとのオーケストラ様式を驚くべき速さで吸収していった。[1]

「アルテ・ランバッハ」は、現代の演奏会で定期的に取り上げられる初期モーツァルト交響曲の数作には含まれないが、公的な儀礼の場に向けた音楽を書き分ける術を学びつつあった瞬間を鮮やかに切り取った作品として注目に値する。大胆なリズムの合図、明快な調性設計、そして限られた編成の力を最大限に引き出す明るい色彩感。最良の瞬間は「練習作」に聞こえるのではなく、若い作曲家がすでに聴衆の存在を思い描いていることを感じさせる。

作曲と写譜

国際モーツァルテウム財団はK. 45aの初稿を1766年1月~3月、ハーグでの作とし、その真正性を「確認済み」と分類している。[1] 「アルテ・ランバッハ」(「古いランバッハ」)という呼称は、オーバーエスターライヒのランバッハ修道院に関係する写譜資料との結びつきに由来する。そこは、モーツァルト周辺に連なる複数の初期ト長調交響曲の後世における伝承・伝来史のうえで、重要な中継点の一つでもあった。[2]

現存する1766年写しの表題(見出し)の一つは、場所と編成を「à la Haye 1766」および「à 2 Violini/ 2 Hautbois/ 2 Corni/ Viola/ et Basso」と明記している。これは、これら初期の交響曲が後世の標準化された「交響楽団」を前提としたものではなく、実用的で融通の利くアンサンブルのために書かれていたことを端的に思い出させる。[1]

編成(初稿として伝わる形):[3]

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  • 木管: オーボエ2
  • 金管: ホルン2
  • 弦楽: ヴァイオリンI&II、ヴィオラ
  • 低音: チェロ&コントラバス(basso)

音楽的性格

K. 45aは3楽章構成で、18世紀中頃の交響曲に典型的な急―緩―急の設計をとり、なおイタリア・オペラ序曲(sinfonia)の伝統に近い位置にある。[2]

  • I. Allegro maestoso(ト長調)
  • II. Andante(ハ長調)
  • III. Molto allegro(ト長調)—後の版ではPrestoの標語を持つものも流布している。[2]

第1楽章のmaestosoという性格は、単なるテンポ指定というより社会的な標識である。儀礼的で公的な場に向けたレトリック――揺るぎない主調の宣言、輝かしいホルンの彩り、整った楽句の対称性――を告げるのだ。この楽章を単なる「お役目」以上のものにしているのは、モーツァルトの「舞台の間合い」感覚である。開始や終止が自信をもって訪れ、抽象的な管弦楽曲を書いている最中にも、すでにオペラ作曲家のように考えていることがうかがえる。

中間のAndante(下属調のハ長調)は、深い内省というより穏やかな対照を提供する。それでもなお、書法には明晰さへの本能が現れる。テクスチュアは概して透明に保たれ、のちにモーツァルトの重要な武器となる緻密な対位法に頼らずとも、旋律の着想がはっきりと語るようにできている。モーツァルトの成長に関心のある聴き手にとって、まさにそこが要点であり、若い作曲家が均衡、ペース配分、そして控えめな素材を「必然」に感じさせる技を身につけていく過程が、この音楽には刻まれている。

終楽章Molto allegroは、この作品でもっとも即効性のある魅力を備えた楽章だ。簡潔で、エネルギッシュで、前進する運動性に狙いが定まっている。モーツァルトの少年期作品という文脈で見れば、K. 45aが際立つのは和声の大胆さというより、管弦楽の「会話」を確かな足取りで組み立てる力である。弦が主導する推進力を木管とホルンが要所で区切り、終止へ向かう目標が部屋の隅々にまで届くほど明確に示される。要するに「アルテ・ランバッハ」の価値は、《ジュピター》を予告する点にあるのではない。10歳のモーツァルトがすでに、交響曲という音楽を「その場で人を納得させ、喜ばせる」ものとして書いている、その事実を示してくれるところにある。[1]

[1] International Mozarteum Foundation, Köchel Catalogue entry for K. 45a (dating The Hague, 01–03.1766; authenticity; transmission; manuscript title/heading excerpt).

[2] IMSLP work page for Symphony in G major, K.Anh.221/45a (“Alte/Old Lambach”) with movement list, versions, and basic scoring overview.

[3] International Mozarteum Foundation, instrumentation detail page for K. 45a/01 (oboes, horns, strings, basso).