3台(または2台)のピアノのための協奏曲 第7番 ヘ長調
par Wolfgang Amadeus Mozart

背景と作曲の文脈
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、この特異な三台のピアノのための協奏曲を1776年、故郷のザルツブルク[1]で作曲した。当時20歳のモーツァルトは、ザルツブルクのヒエロニムス・コロレド大司教のもとで宮廷と教会のための音楽を作曲していた。世界は啓蒙時代のただ中にあり—1776にはアメリカ独立宣言が発せられた年でもあった—しかしモーツァルトの日常は、地元貴族の庇護とヨーロッパのサロン文化を中心に回っていた。ザルツブルクの宮廷社会では音楽の集まりが盛んで、モーツァルトはそうした機会のためにしばしば新作を提供した。
マリア・アントニア・ロドロン伯爵夫人は、ザルツブルク屈指の名家の夫人で(しかもコロレド大司教の実妹でもあり[2])、自分と二人の娘が一緒に演奏できるようにと、この協奏曲を委嘱した。ロドロン家はザルツブルクにおける重要な芸術支援者であり、伯爵夫人は市内でも著名な音楽サロンの主宰者であった[3]。実のところ、ロドロン家とモーツァルト家は親しく、1773年には近所同士にさえなっている。伯爵夫人はモーツァルトの友人であり庇護者でもあり(のちに大司教との確執の際にも彼を支援した)[4]。二人の娘アロイジアとヨーゼファはいずれもモーツァルト家の門下生で(父レオポルトが教えた)[2]。この新作協奏曲は、ロドロン伯爵夫人とその娘たちのために特別に自宅で演奏することを目的に書かれ、当時の私的音楽づくりと貴族のパトロネージュが交差するあり方をよく示している[5]。モーツァルトはこの作品を1776年2月に完成させたが、この年は創作意欲が沸き立った時期で、ほかのピアノ協奏曲や『ハフナー・セレナーデ』(ザルツブルクの貴族のため)[3]も手がけている。
この作曲の動機は、以上のようにきわめて実際的かつ個人的なものであった。つまり、母親と娘たちが一緒に演奏して楽しみ、社交の場を彩れる、優雅で愉快な作品を提供することにあった。モーツァルトは、庇護者を引き立て、奏者たちの力量に合うようにこの協奏曲を仕立てている[3]。初演はおそらくロドロン家の内輪で行われた。のちにウィーンで書かれた、より公開の場を念頭に置く協奏曲とは異なり、この作品は私的なサロンの場を想定しており、ザルツブルクの上流社会のためのものであった。当時のモーツァルトのザルツブルクにおける空気は、概してギャラント様式と洗練された趣味の世界—聴き手を魅了することを旨とし、劇的な境界を押し広げることは目指さない音楽—である。実際この協奏曲は、優美で「ギャラント」な性格をもち、貴族の集いにふさわしい。(モーツァルトは1776年に伯爵夫人の祝宴のため、「ロドロンの夜の音楽」として知られる活気に満ちた二つのセレナードさえ作曲している[2]。これは彼がこの一家といかに近しい関係にあったかを物語っている。)
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編成と注目すべき特徴
モーツァルトはこの協奏曲を三台の独奏ピアノ(当時のフォルテピアノ)と、控えめな伴奏のオーボエ2、ホルン2、弦楽[6]という編成で書いた。これは珍しい編成で、複数の鍵盤楽器を独奏とする協奏曲はきわめて少ない。この選択は、本作が三人のピアニストのための音楽として生まれたことを反映している。設備の整った宮廷であれば三台のピアノ(あるいはチェンバロ)を揃えるのも容易で、モーツァルトはこの稀有な体制を存分に活かすことができた。三台の鍵盤が鳴っても響きが重くならないよう工夫されており、書法の要は軽やかで明晰なやり取りに置かれている。三人の独奏者は一斉に叩きつけるのではなく、活発な対話(さらには“三者対話”)を繰り広げる[7]。音楽の線を三つの楽器に分散させることで、モーツァルトは開放的で透明感のある響きを生み出し、過密な印象を与えないようにしている[7]。オーケストラは支えとなり主題を提示もするが、意図的に軽く抑えられ、しばしば鍵盤同士の会話に道を譲っている。
とりわけ巧妙なのは、モーツァルトが三つのピアノ・パートそれぞれを想定された奏者の力量に合わせて作り分けている点である。第1・第2ピアノ(伯爵夫人と長女アロイジアを想定)のパートには、より難度の高い精巧なパッセージが置かれており、両者がかなりの優れたアマチュアであったことを示している。対照的に、第3ピアノ(当時まだ11歳だった次女ヨーゼファを想定)のパートはより平易で音域や役割も抑えめ[8][9]。こうした按配により、それぞれが自らの力の範囲で輝けるようになっている—技巧的な走句や要求は主に第1・第2ピアノに置かれ、第3ピアノは支援的で無理のない役回りを担う。それでもモーツァルトは年少の奏者にも音楽的な楽しみを残し、第3パートも音楽的に魅力的で、たとえ技巧的な華やかさは控えめでも[9]。このようなきめ細かな当て書きは、特定の人物のために音楽を書くうえでのモーツァルトの実践的な天才を物語る。
注目すべきことに、モーツァルトは後に二台ピアノ版を作っている。1780年には、独奏を二台のピアノのみにして演奏できるよう(もとの三つの鍵盤パートを統合・再配分して)編曲した[1]。これはザルツブルクでの公開演奏のためで、モーツァルト自身が一方のパートを、彼の姉マリア・アンナ(「ナンネル」)がもう一方を担当した。ナンネルの日記には、彼女とヴォルフガングがこの二台ピアノ版を1780年9月3日にミラベル宮で[10]演奏したことが記されている。二台ピアノ版は(三つではなく二つに素材を振り分けるため)各奏者への要求が高く、モーツァルトは自分と姉のデュオを際立たせることができた。今日ではこの二台ピアノ版が上演で用いられることが多い。独奏者二人だけで成立するため準備が容易であり(しかもモーツァルト自身が認めた“本物”の異稿である)[10]。もっとも、条件が整えば、原初の三台ピアノ版でも演奏され、舞台に三台のグランドピアノが並ぶという、愉快で稀有な光景を味わうことができる。
形式と音楽的性格
この協奏曲は、古典派協奏曲に典型的な三楽章構成に従っている。
アレグロ(ヘ長調)—明るく快活な第1楽章
アダージョ(変ロ長調)—ゆったりと表情豊かな第2楽章
ロンド:テンポ・ディ・メヌエット(ヘ長調)—優雅で舞曲風の終楽章
第1楽章:アレグロ。 冒頭のアレグロ はソナタ・アレグロ形式で書かれ、気品と朗らかさに満ちている。まず管弦楽の序奏 が主要主題を余すところなく提示する。最初にオーケストラによる勇壮な行進曲風の主題が現れ、続いてヴァイオリンがより抒情的な応答句を奏でる[11]。この最初の提示ののち、3台のピアノが入り、同じ主題を受け継いで、発展させつつ装飾を施し、遊び心ある対話を繰り広げる。当時の協奏曲に典型的な二重提示の手法をモーツァルトは用い、まずオーケストラが主題素材を提示し、ついで独奏陣がそれを繊細な装飾を添えて反復・展開する[11]。ピアノ書法は走句的な音階やアルペッジョに満ち、エレガントに流れる楽句として3台の鍵盤の間を受け渡される。複数の独奏者がいてもテクスチュアは軽やかで明晰のままで、3台が一斉に鳴らすのではなく、しばしば互いに呼応・応答し合う[7]。中間部には短い展開部が現れ、モーツァルトは短調に踏み込み、しばしの間、雰囲気はより劇的になる[12]。この展開は比較的短く抑制的(この作品の雅やかな性格にふさわしい)で、その後音楽は主調に戻る。再現部では、主題が戻り、先ほどよりもピアノとオーケストラが緊密に絡み合う[12]。モーツァルトは再現部で独奏ピアノをテクスチュアに溶け込ませ、単に交代で奏するのではなくオーケストラと対話させる。終盤では、完全な即興カデンツァの代わりに、3人の独奏者がそろって弾く愉しい書き下ろしのカデンツァ[13]。この準即興的なパッセージでは、3台のピアノがきらめく音階やトリルで代わる代わるおしゃべりを交わし、活気あるオーケストラの結尾へと向かう。楽章全体の気分は明るく温和で、決して過度に押しつけがましくならない――三台のピアノの合奏という新奇さと魅力でサロンの聴衆を楽しませるための音楽である。
第2楽章:アダージョ。 第2楽章は、変ロ長調で、この協奏曲の感情的な核心としてしばしば挙げられる。これはゆったりとしたアダージョで、抒情的で歌うような旋律へのモーツァルトの才を示す。楽章は、管弦楽が静かに長く穏やかな主題(きわめて美しい)を導入して始まる[14]。この主題には柔らかく、ほとんどアリアのような性格があり、持続的で声楽的なラインが優雅に広がっていく。ピアノが入るとこの旋律を受け継ぎ、声楽アンサンブルの表情豊かなニュアンスを模すかのように、親密なやり取りを繰り広げる。ここでの筆致は驚くほど繊細で豊かであり、とりわけ編成の小ささを思えばなおさらだ。彼は小規模なオーケストラを巧みに活かし。たとえば、適切な箇所にホルンの対旋律やオーボエの繊細な装飾を添えてテクスチュアを深めている[14]。弦楽群は弱音器(コン・ソルディーノ)を付けてこの楽章を通して演奏し[15]、それがひそやかでヴェールをかけたような響きを生み、このアダージョに特別な「霊的」な雰囲気を与える[15]。この弱音器による弦の響きとピアノの穏やかな対話が相まって、音楽にかろやかで親密な性格を与え、まるで静かな音楽的夢想をそっと盗み聴きしているかのようだ。研究者の中には、ピアノの高く柔らかないくつかのフレーズで、モーツァルトがグラス・ハーモニカの魅惑的な音色――啓蒙時代の宮廷で(とりわけ貴婦人の間で)その異世界的な響きゆえに人気を博した、異国情緒ある楽器――[16]。それが意図であったか否かにかかわらず、このアダージョには確かに夢幻的な趣があり、後年のピアノ協奏曲の深みある緩徐楽章を先取りしている[17]。(音楽学者は、このアダージョのある主題が、はるか後年のハ長調第25番K.503の協奏曲でより完全に展開される発想を先取りしていると指摘する[17]。)楽章全体を通じて、3台のピアノは優雅な和声でともに歌い、ときに互いの音楽的フレーズを受け継いで完結させる。雰囲気は温かく内省的で、ときおり胸に迫る感情がきらめく――もともとアマチュアの家族アンサンブルのために書かれた作品としては驚くべき深みである。このアダージョはモーツァルトのザルツブルク時代の白眉の一つと見なされており[15]、若き作曲家が鍵盤のための表情豊かなカンタービレ(歌うような)筆致をますます巧みに身につけていくさまを示している。
第3楽章:ロンド(テンポ・ディ・メヌエット)。 終楽章は軽快なロンドで、メヌエット、18世紀の上品な舞曲のテンポで書かれている。この楽章ではヘ長調に戻り、気軽で優雅な気分がよみがえる。主要ロンド主題は気品ある宮廷風の旋律で、確かにメヌエットの優雅な揺れを帯びている[18]。伯爵夫人のサロンのために書かれた作品にふさわしく、冒頭は貴族的舞踏の洗練された雰囲気を思わせる。実際、ロンドを先導するのは3台のピアノで――オーケストラが加わる前に独奏陣が快活な主題を提示する[19]。楽章が進むにつれ、モーツァルトは対照的なエピソードを、主題が戻るたびに挿入して私たちを楽しませる。各エピソードはそれぞれ固有の性格をもち、あるものは生き生きとして遊戯的、別のものはより劇的または嵐のようで、さらに別のものは田園的で穏やかかもしれない[18]。中には、過度に仰々しい様式を機知あるパロディとして、一瞬だけやや気取った(“プレテンシャス”な)調子を醸す箇所さえある[18]――モーツァルトは優雅なフレーズの合間にユーモアをひとさじ差し込む。こうした対照的な間奏にもかかわらず、音楽が礼節ある身ぶりを長く失うことはない。優雅なロンド主題が、気の利いた主人のようにたびたび戻ってくるのだ。楽しい趣向として、主題が戻るたびに別々の独奏者に短いカデンツァ――要するに小さな「導入」の妙技――[18]。これらのミニ・カデンツァによって、3人の奏者が合流する前に、各ピアノが順番に即興風の走句やアルペッジョでひととき脚光を浴びることができる。競い合いではなく協働を強調し、この協奏曲の親しげで社交的な精神を示す、魅力的な工夫である。
モーツァルトはフィナーレのまさに最後に、ちょっとしたサプライズを忍ばせている。観客への遊び心に満ちた合図として、彼は「トリック・コーダ」—偽の終結部—を書き、音楽が早々に終わったかのように見せて、曲が終わったと聴き手に思わせてからかう[20]。この軽やかな冗談ののち、協奏曲はついに本物のコーダで締めくくられ、ロンド主題をもう一度だけ呼び戻し、上品で晴れやかな響きのうちに終わる[20]。こうした柔らかな音楽的ユーモアはモーツァルトに典型的で、彼は優雅さと機知との均衡を愛した。全体としてフィナーレは宮廷風で朗らかで、踊るようなリズムと快活さに満ちている。協奏曲を伸びやかな喜びの気分で締めくくり、コンサートホールを圧倒するのではなくサロンの観客を喜ばせることを意図した作品に、この上なくふさわしい。
受容と遺産
モーツァルトのヘ長調第7番協奏曲は一種の珍品であり、作曲後の数十年のあいだ広く知られることはなかった。私的な場のために書かれたため、モーツァルトの存命中にロドロン家の周辺以外で出版・上演されることはほとんどなかった。実際、この作品が一部の聴衆に届くまでには一世紀以上を要し、たとえば協奏曲のイギリス初演は1907年まで実現せず、その年ようやくロンドン・プロムス(独奏者の一人にはサー・ヘンリー・ウッドが名を連ねた)[21]。19世紀を通じて、モーツァルトの複数台ピアノのための協奏曲は、より後年の劇的な独奏ピアノのための作品群の陰に隠れた。この曲は学者に時おり言及されたものの、しばしば素っ気なく退けられた。影響力のある音楽学者アルフレート・アインシュタインは、1945年の古典的モーツァルト伝で第7番協奏曲にごくわずかな言及しか与えず、それを「純粋にガラント」な取るに足らぬ小品で、詳述に値しないと呼んだ[22]。実際、かつての批評家たちはこの協奏曲を、モーツァルトのより軽く重要度の低い試みの一つ—心地よいサロン向けの曲ではあるが、のちにウィーンで書く偉大なピアノ協奏曲群には及ばない—とみなすことが多かった。こうした判断は、作品の出自(祝いのディヴェルティスマン〈アマチュア奏者のための〉)や、モーツァルトのより成熟した作品群と比べたときの控えめな野心を、部分的に反映している。
こうした生温い初期評価にもかかわらず、「ロドロン」協奏曲は、本来の姿—モーツァルトのザルツブルク時代の様式で、優美な旋律と巧みな職人芸にあふれる—としての評価を獲得してきた。現代の演奏家や聴衆は、これをより寛大に捉える傾向がある。K.242に、後年の協奏曲ほどの劇的な深みが欠けるのは事実だが、三台のピアノが対話する独特の響き、形式の優雅さ、地域社会に奉仕する職業作曲家としてのモーツァルトの生活を垣間見せてくれる点など、別種の愉しみを提供してくれる。20世紀から21世紀にかけて、この協奏曲は演奏会や録音で折に触れて擁護され、しばしばプログラム上の魅力的な珍品として取り上げられてきた。複数のピアニストが同じ舞台を共有する音楽祭や音楽院の演奏会などの場でとりわけ人気が高い。著名なピアノ・デュオやトリオ(ピアニスト一家を含む)もこの曲を好んで演奏している。実用上の理由から、二台ピアノ版(モーツァルト自身の編曲)が今日ではしばしば用いられる[1]—三台より二台の方が合わせやすいというだけでなく、1780年の再編が二人のヴィルトゥオーゾに向けて素材を効果的に配分しているからである。とはいえ、オリジナルの三台ピアノ形式で上演する団体もあり、聴衆はロドロン家のためにモーツァルトが構想したとおりの姿をそのまま体験できる。三台のグランドピアノが一緒にモーツァルトを奏でるさまは壮観で、その響きはこの協奏曲のレパートリーにおける独自の位置づけをいっそう際立たせる。
遺産という観点から見ると、第7番協奏曲はきわめて興味深い歴史的作品である。モーツァルトとパトロンとの関係、そして特定の奏者に合わせて音楽を仕立てる彼の手腕に光を当ててくれる。協奏曲の優雅なガラント様式は、やがてモーツァルトの音楽が進む、より情緒的に複雑な方向性との対照もなしている。この作品ののち、モーツァルトはほどなくしてより深みをたたえた作品へと進み、例えば1年以内に画期的な変ホ長調第9番(「ジュノム」)ピアノ協奏曲をものし、その規模と名声において三台ピアノの協奏曲をはるかに凌駕した。ゆえにK.242は過渡期の作品であり、魅力的で親密、かつ18世紀の宮廷的伝統に根差している。
しかし、かつて批評家がこの作品を過小評価したまさにその特徴—礼儀正しさ、簡潔さ、露わなヴィルトゥオジティの欠如—こそが、この曲をその流儀で楽しませてくれる要素でもある。今日の聴衆はしばしば、「ロドロン」協奏曲の温かみと優雅さ、そして三つの鍵盤のために書くことでモーツァルト自身が味わっているかのような純粋な楽しさに反応する。とりわけ緩徐楽章のアダージョは、その抒情的な美しさが称賛され、モーツァルト初期の小さな宝石として単独で演奏されることもある。要するに、ヘ長調第7番協奏曲はモーツァルトの協奏曲の中で最も頻繁に演奏される作品ではないにせよ、依然として興味深く魅力的な一曲である。これは、ザルツブルク時代のモーツァルトと、オーストリア貴族の客間を彩った音楽のありようをうかがわせてくれる。ある評者が言い得て妙に述べたように、モーツァルトは「上流社会の要請に完全に従うことなど到底できない」—伯爵夫人のために書かれたこの礼儀正しい曲においてさえ、彼は独創性とユーモア、ピアノの洗練された絡み合いから、最後の機知に富んだ「トリック」エンディング[20]。その結果、この協奏曲は一度再発見されて以来、今なお聴衆とピアニストの双方を、宮廷的気品とモーツァルトらしいきらめきの融合によって魅了し続けている。
Sources
Historical and musical details drawn from program notes and scholarly references on Mozart’s Piano Concerto No. 7 in F, K.242 “Lodron”[2][5][8][22][20], including insights on its composition for the Lodron family, its structure and style, and its later performance history.
[1][6][17][21] Piano Concerto No. 7 (Mozart) - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Piano_Concerto_No._7_(Mozart)
[2] Mozart: Divertimenti K247 & 334 - CDA67386 - Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791) - Hyperion Records - MP3 and Lossless downloads
https://www.hyperion-records.co.uk/dc.asp?dc=D_CDA67386
[3][11][12][14][19][20][22] Concerto for Three Pianos, K. 242, Wolfgang Amadeus Mozart
https://www.laphil.com/musicdb/pieces/1358/concerto-for-three-pianos-k-242
[4][5][9][10] Mozart Concerto for Three (or Two) Pianos No. 7 in F K242 (Edition for
[7][8][13][15][16][18] Concerto for three pianos and orchestra in F major, K242 (Mozart) - from CDA68367 - Hyperion Records - MP3 and Lossless downloads




