K. 103

20のメヌエット(I. 『最終稿の順による12のメヌエット』;II. 『初期の並びからの8つのメヌエット』)K. 103

de Wolfgang Amadeus Mozart

Miniature portrait of Mozart, 1773
Mozart aged 17, miniature c. 1773 (attr. Knoller)

モーツァルトの《20のメヌエット》(K. 103。K. 61dとしてもカタログ化される)は、1771/72年にザルツブルクでまとめられた一連の作品で、2つのグループから成る。すなわち「最終の順序」による12曲と、より早い配列に属する8曲である。[1] 16歳前後に書かれたこれらの簡潔な舞曲からは、宮廷風のメヌエットを単なる場つなぎのBGMとしてではなく、均衡感、編成、性格づけを磨くための試作の場として扱うモーツァルトの姿がうかがえる。

背景と文脈

モーツァルトがザルツブルクにいた時代、舞曲は傍流どころか実用上の必需品だった。メヌエット――宮廷の催しであれ私的な祝宴であれ、人々が集う場のための音楽――は数多く求められ、しばしば整然とした「ひとまとまり」として用意された。交響曲や協奏曲のような名声を得にくいジャンルではあるものの、こうした作品は、10代のモーツァルトがいかに速く、様式に即して書き、初見で演奏する奏者が何をできるかを鋭く見極めていたかを示している。

K. 103はそのような実用の世界に属しながらも、配列、改訂、提示のしかたへの早い段階からの意識をほのめかす。現存するのは20曲の独立したメヌエットで、示唆的な見出しをもつ2つの連なりに分けられている。I. Zwölf Menuette in der Ordnung letzter Hand(「最終稿/最終の順序」による12のメヌエット)と、II. Acht Menuette aus der ursprünglichen Reihe(初期の系列からの8つのメヌエット)である。[1] こうした標題が存在すること自体、モーツァルト本人、あるいは資料に近いところにいた初期の編者が、このセットをどのように流通させるべきかを気にかけていたことを示唆する。

作曲と初演

K. 103の標準的な年代比定は、ザルツブルクでの1771/72年(目録やディスコグラフィでは1772年とより狭く示されることも多い)で、IMSLPも「1771/72」とし、2部構成の体裁を確認している。[1] これらのメヌエットはNeue Mozart-Ausgabe(新モーツァルト全集)では舞曲を扱う最初の巻(Serie IV、Werkgruppe 13、Tänze、Band 1)に校訂収録されており、ジャンルとしては慎ましくとも、批判校訂版の伝統の中に確かな位置を占めていることがわかる。[1]

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特定の「初演」が記録されていた可能性は低い。この種の舞曲は、必要に応じて用いられ、季節をまたいで繰り返し演奏され、手元の奏者に合わせて調整されるのが普通だった。確実に言えるのは、このセットがザルツブルクの宮廷組織の演奏条件を反映しているという点である。すなわち、控えめな編成、管楽器の柔軟な持ち替え、そして踊る人々で満ちた部屋に向けてリズムの明晰さを通すための音楽である。

編成

K. 103は当時として典型的な、柔軟な選択肢を備えた管弦楽の舞曲として伝わっている。IMSLPは、実務的なスコアリング案をそのまま示したかのような別題(代替可能な管楽器+小規模な弦楽)を掲げ、あわせて簡潔な編成行も提示している。[1]

代表的な編成は次のとおり。

  • 管楽器:オーボエ2(またはフルート)、ホルン2(またはトランペット)
  • 弦楽器:ヴァイオリン2
  • 低音:チェロとコントラバス(しばしば単一のバス声部として機能)

このパレットは注目に値する。第一に、経済的であること。旋律を担う上声の弦が2声、低音の土台、そして主として色彩・和声の支え・屋外でも通る輝かしさのために用いられる管楽器。第二に、適応力が高いこと。オーボエをフルートに、ホルンをトランペットに置き換えられるという選択肢は、理想的な編成というより、現場の人員事情を反映している。[1]

形式と音楽的性格

K. 103の各曲は、意図的にコンパクトに作られている。三拍子のメヌエットで、たいていは丸みのある対称的な構えをもち、即座に理解できることを目指す。しかしその単純さの中でモーツァルトは、番号ごとにアーティキュレーション、テクスチュア、調性感の色合いを変化させ、20曲が同じ「踊りの旋律」の反復に終わらない連なりを作っている。

作曲の実験室としてのメヌエット

ザルツブルクの舞曲作法において、メヌエットは一種の作曲の実験室として機能する。形式が短いがゆえに、フレーズが「うまく座っている」かどうか――終止がきれいに決まるか、バスが和声の転回を支えられているか、管が厚ぼったくならずに活気を与えているか――が聴き手(そして踊り手)に即座に伝わる。K. 103は、16歳の少年にしては驚くほど流暢に、こうした基礎を実地に鍛えていることを示している。

対比と配列——2つのグループ、2つの視点

このコレクションの面白さの一端は、編集上の枠づけにある。第1群のZwölf Menuette in der Ordnung letzter Handという表現は、最終的な配列を含意し、選別や改訂、少なくとも意識的な順序づけを示唆する。[1] 第2群のAcht Menuette aus der ursprünglichen Reiheは、より早い段階の並びに属する素材を保存している。[1] 今日の演奏者にとって、これは次の2つの読みを許す。

  • 既製の「組曲」として(暗黙の推奨順序をもつ12曲)
  • 工房での試行の痕跡として(「初期の系列」の8曲を、異稿・残余・並行素材として見る)

このセットを物語的な連作として扱わずとも、若い作曲家が社交舞曲を単調にしないために学んでいることは聴き取れる。音域バランスを変え、管楽器に弦のフレーズへの応答を担わせ、ときには音楽的レトリックを引き締めて、小さな管弦楽楽章に近いものへと押し上げている。

受容と遺産

K. 103のような舞曲集は、どうしても後年の傑作群の影に置かれ、主流のシンフォニー・コンサートで単独に取り上げられることは稀である。それでも批判校訂版(NMA Tänze、Band 1)に含まれること、そして楽譜や録音で流通が続くことは、これらのメヌエットが実用的価値を保っていることを示す――とりわけ、歴史的背景に根ざしたザルツブルクのレパートリーに関心をもつアンサンブルにとって。[1]

なぜK. 103は注目に値するのか。それは、モーツァルトの「成熟」がウィーンで突然到来したのではないことを思い出させてくれるからである。日常的な職業上の要請のもと、彼は実在の音楽家のために素早く書くこと、柔軟な編成を機能させること、そして意図された場面で即座に成功する音楽を作ることを学んだ。《20のメヌエット》は深遠な声明として聴かれることを求めない。むしろ、より繊細で、おそらく稀なもの――形成途上の職人技の響き、落ち着きと機知を備え、簡潔さと魅力においてすでに紛れもなくモーツァルト的な音――を差し出している。

1 《20のメヌエット》K. 103/61dのIMSLP作品ページ(作曲年代、2部構成のまとまり、NMA版の情報、および編成概要/別題)。 https://imslp.org/wiki/20_Minuets%2C_K.103%2F61d_%28Mozart%2C_Wolfgang_Amadeus%29