2台のピアノのための変ホ長調協奏曲 第10番
av Wolfgang Amadeus Mozart

作曲と背景
ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトは、二台のピアノのための変ホ長調協奏曲(K. 365)を[5]。[1]。その1777年から1779年の旅のあいだ、彼はマンハイム、パリ、ミュンヘンといった都市でより良い職を探した。新たなポストこそ得られなかったが、モーツァルトはヨーロッパで芽生えつつあった最新の音楽様式や潮流を大いに吸収した[2]。ザルツブルクに戻ると、23歳の作曲家は大司教の宮廷オルガニストに任じられた。彼は旅の影響を受けた新作の執筆にすぐ取りかかり、その中には複数ソリストの 協奏曲——当時の彼を魅了していた形式である[3]。実際、1778〜79年ごろには、モーツァルトは複数のソリストを擁する協奏曲を立て続けに生み出しており、とりわけシンフォニア・コンチェルタンテ 変ホ長調のヴァイオリンとヴィオラのための(K. 364)や、この二台のピアノのための協奏曲が挙げられる[4]
それでもモーツァルトがこの作品を高く評価していたことは明らかである。1781年にウィーンへ移り自由業として活動を始めると、彼は自作の最良の成果を示すため、この二台のピアノのための協奏曲を自らの演奏会で取り上げた[9]。「1779年に作曲されたことを示している」 さらに、「モーツァルトが姉ナンネルと演奏するために書いたと推定される」[6]。ナンネルはヴォルフガングより5歳年上で、幼少期にはしばしば彼と共に演奏旅行に出かけ、父レオポルトによって高度な教育を受けた。しかし1769年頃以降は演奏旅行には出なくなり、ザルツブルクでより家庭的な生活を送った[7]。この変ホ長調の協奏曲は、成長した二人が再び共演する貴重な機会だったのかもしれない。興味深いことに、ザルツブルクでヴォルフガングとナンネルがK. 365を実際に公開演奏したという確かな証拠は残っていない[8]。
As an Amazon Associate we earn from qualifying purchases.
ルーカス&アルトゥール・ユッセンが、クリスチャン・マチェラル指揮WDR交響楽団とともに、W. A. モーツァルト《二台のピアノのための協奏曲 変ホ長調 K. 365》を演奏。2021年11月5日、ケルン・フィルハーモニーにて収録:
編成と注目点
編成: モーツァルトは当初、この協奏曲を二台のソロ・フォルテピアノ(初期のピアノ)と、簡素な古典派のオーケストラ、すなわちオーボエ2、ファゴット2、ホルン2、および弦楽(ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)[10][11]。注目すべきは、no ザルツブルクでの編成にはクラリネット、トランペット、ティンパニは含まれておらず、当時それらの楽器は現地の宮廷楽団では標準ではなかった。二人の鍵盤ソリストには同等に高度で難易度の高い パートが与えられており、数年前にアマチュアのロドロン家のために書かれたよりも簡素な三台ピアノの協奏曲とは対照的に、モーツァルトと姉の高いヴィルトゥオジティを反映している[5]。
その後のウィーンでの後年の演奏に向けて、モーツァルトはより華やかな効果を狙って編成を拡充したと見られる。同時代の記録は、「クラリネット、トランペット、ティンパニを加えた」と、ウィーンでの演奏会について述べている[12]。現代の版ではこれらのパートがしばしば含まれ、今日では拡張された編成で演奏されることも多い。しかし、追加の管楽器・打楽器パートはモーツァルトの現存自筆譜や初期の版には見られないため、音楽学者の間では、ウィーンでの追加が本当にモーツァルト自身の筆によるものかどうか議論が続いている[12]
本作の編成でのもう一つの注目点は、モーツァルトが同等に存在感のある二台のピアノのバランスを オーケストラとどのように取っているかである。二人のソリストのために書くことは難題で、オーケストラが厚くなりすぎれば二台のやり取りを覆い隠したり混濁させてしまう。モーツァルトは次のようにしてこの問題を解決した——「オーケストラの役割を絞り、主導する声部というより伴奏者的な役回りにする」[13]。この協奏曲では、オーケストラはしばしば軽やかな背景を担い、ピアノが音楽的な対話を主に導く。これは、通常は独奏ピアノとオーケストラが対話を交互に繰り広げるモーツァルトの他のピアノ協奏曲と比べると、やや異例である。K. 365では、二台のピアノ が主として 互いに 対話を交わし(動機をやり取りし合い)、オーケストラは主として背後で支える[14]。その結果、綾なす二重奏の技巧が映える、見通しのよいテクスチュアが生まれている。モーツァルトは華やかな走句や主題提示を「二台のピアノのあいだでかなり均等に」 分配し、オーケストラは「他のピアノ協奏曲よりも控えめで、多くをソリストに委ねている」
形式と音楽的性格
この協奏曲は、典型的な三楽章 構成(速—緩—速)に従っている。各楽章はそれぞれ固有の性格を持ち、二台のピアノの魅力を独自の方法で引き立てる。
アレグロ(変ホ長調): 第1楽章は、オーケストラのトゥッティで幕を開け、主題を壮大かつ快活に提示する[15]。 この序奏に続いて、二台のピアノが単独で(オーケストラの伴奏なしに)劇的に登場する—すぐさま独奏者同士の対話を浮き彫りにする大胆な効果だ[16]。 続くのは広大な二重提示部で、二台は絶え間ない対話のなかでフレーズを受け渡し、しばしば旋律の小片を目まぐるしく投げ合うことで、音楽は「ステレオ的」な掛け合いを[17]生む。 雰囲気は朗らかで伸びやか。ある評者は、このアレグロが「実に伸びやかで、モーツァルトが心ゆくまで楽しみ、思いつきを自在に流れさせているかのようだ」[18]と述べている。 楽章を通して、二台は互いを模倣し応答する。ときに高低の音域で呼応し合い(片方が高音域で主題を奏し、もう一方が1オクターブ下で反響させる)、—ヴァイオリンとヴィオラが1オクターブ違いで主題を分かち合うモーツァルトのシンフォニア・コンチェルタンテにも似たテクスチュアだ[19]。 オーケストラの役割はおおむね支援的で、鍵盤デュオが主題を展開するあいだ、そっと合いの手を入れる。終盤近くで、モーツァルトは刺激的なカデンツァ(二台がそれぞれ妙技を披露する自由な華やぎ)を用意し、音楽はいったん短調に踏み込み、朗らかな変ホ長調が戻って楽章を締めくくる前に一瞬の劇性を加える[20]。
アンダンテ(変ロ長調): 第2楽章は、穏やかなアンダンテで、抒情的な対照と優雅さをもたらす。冒頭は優しいオーケストラの序奏で始まり、「もの悲しげなオーボエ」が柔らかな弦の伴奏の上で物憂いフレーズを歌う[21]。 二台のピアノが入ると(ここでも冒頭はオーケストラなしでユニゾンで)、洗練されたデュエットを繰り広げる。 ふたつの声部は、遊び心をたたえつつ詩的な掛け合いで互いの音楽的な言い回しを補い合う。雰囲気は洗練された魅力に満ち、美しく表情豊かだが軽やかだ。モーツァルトは独奏とオーケストラに主題を受け渡させ、片方が主導するあいだもう一方が順に伴奏を務めるよう仕立てている[21]。 モーツァルトの他の内省的な緩徐楽章に比べると、このアンダンテは激しい劇性よりも温かく流麗な性格を示すが、中央部には胸に迫る瞬間もある[22][23]。 テクスチュアは透明感を保ち、オーケストラは多くの場合背景に退き、二台の親密な語らいを引き立てる。楽章の優雅な対話と均整のとれたフレージングは、この楽章に宮廷風で親密な性格を与え、活気ある外側の二楽章のあいだにひとときの憩いをもたらしている。
ロンド:アレグロ(変ホ長調): 終楽章は闊達なロンドで、機知と活力に満ちている。 主題は変ホ長調の朗らかで舞曲風の旋律で、対照的な挿話のあいだに繰り返し戻ってくる(典型的なロンド形式)。モーツァルトはこの楽章に遊び心と意外性をふんだんに吹き込んでいる。実際これは、「モーツァルトの音楽における機知とユーモアの最良の実例のひとつ」[24]と評されることもある。 小気味よいロンド主題が戻るたびに、モーツァルトは思いがけない仕掛けを施す。音楽は突然、異例の和声の支点でふっと立ち止まり、毎回ちがった意外な和音に着地するのだ[25]。 こうした短い気まぐれな停止のあとには性格の唐突な変化が続き、作品は新たな楽想や調へと舵を切って、聴き手を心地よく不意打ちにかけ続ける[25]。 この巧妙な緩急の手品は、モーツァルトの発明的なユーモアを見事に示す。彼は主題を解決へ導く新手を次々と編み出し、ある分析の言葉を借りれば、それを「複数の手を経て、ほとんど数え切れないほどの解決へ」と導いていく[26]。 楽章はテンポよく躍動感にあふれ、二台のピアノの活発なやり取りが聴きどころだ—ときに、まるで親しみのある名技の競演のようにさえなる。とりわけ拡大された編成を用いる演奏では、終楽章は祝祭的で「豪壮」な趣を帯び、トランペットとティンパニがその輝きをいっそう際立たせる[27]。 最後に走句の連発と、二人のための洒脱なカデンツァを経て、協奏曲は輝かしいオーケストラの華やかな決め所で締めくくられ、喜びに満ちた力強い結末を迎える[28]。
受容と遺産
モーツァルトの変ホ長調二台のピアノのための協奏曲は、ピアノ協奏曲の中でもひときわ独自の珠玉として、長くレパートリーに定着してきた。 作曲当時、本作の正確な初演や機会は定かでなく、ザルツブルクの特定の演奏に向けて書かれたことを示す資料も残っていない[8]。 もしモーツァルトが自分とナンネルのためにザルツブルクで弾く意図だったのだとすれば、その計画は私的あるいは非公式なものだったのだろう。ところがモーツァルトがウィーンに移ると、この作品は演奏会で強い印象を与えることがわかった。彼はウィーンでの自作演奏会にこの協奏曲を選び、「弟子のヨーゼファ・バルバラ・アウエルンハンマーと2度共演した」という。1780年代に[29]。 その既知の公演の最初は1781年(モーツァルトがウィーンに定住した年)で、もう一度は1787年で、この頃にはモーツァルトは名声の絶頂にあった[30]。 先に述べたように、ウィーンでのこれらの上演では、モーツァルトは利用可能なより大きなオーケストラ編成を活かし、より壮大な響きで聴衆を魅了するため、クラリネット、トランペット、ティンパニを加えて編成を拡充した[31]。 同時代の報告によれば、モーツァルトとアウエルンハンマーのデュオは好評だったようだ—もっともモーツァルト自身は彼女の奏法について複雑な評価を記しており、彼は彼女について「魅惑的に弾く」としながらも、カンタービレの箇所ではある種の繊細さに欠けると述べている[32]。 (彼は彼女の容姿については辛辣で、二人の結婚の噂まで流れたが、モーツァルトはこれをきっぱり否定した—そのすぐ後に、彼は代わりにコンスタンツェ・ウェーバーと結婚している[33]。) こうした私的な騒動はさておき、ウィーンでの公演は、この二台ピアノ協奏曲の評価を確かなものにし、モーツァルトのコンサート・レパートリーの中で聴衆を魅了する華やかな作品としての地位を固めた。
モーツァルトの死後の数十年にわたり、変ホ長調のこの協奏曲は著名な音楽家たちに引き続き称賛され、演奏された。たとえば、若きフェリックス・メンデルスゾーン——ロマン派初期を代表する作曲家——がこの作品の擁護者となった。1832年には、メンデルスゾーンはロンドンでピアニストのイグナーツ・モシェレスとこの二台のための協奏曲の共演を計画し、さらに新たなカデンツァまで書き下ろした[34]。同年のメンデルスゾーンの書簡には、次の演奏会で「モーツァルトの二台のための協奏曲 K. 365」を彼とモシェレスが演奏することが記されており、この作品が19世紀のヴィルトゥオーゾたちのレパートリーに加わっていたことを示している(メンデルスゾーンは第1楽章と第3楽章のカデンツァを自筆で用意し、モシェレスには即興を任せた)[34][35]。このように後代の作曲家やピアニストから寄せられた関心は、モーツァルトの生涯を超えてもこの協奏曲が持つ音楽的魅力の証しである。
現代においても、この二台ピアノ協奏曲は今なお愛される作品であり——しばしばきらめくショーピースとして取り上げられるのは、二人の優れたピアニストが同じ舞台を分かち合えるときである。モーツァルト唯一の二台ピアノ協奏曲という希少性と、求められる喜びに満ちた掛け合いゆえに、特にきょうだいデュオや長年組んできたピアノ・デュオに人気が高い。夫婦や師弟、きょうだいなど、数多くの著名デュオがこの作品を演奏・録音してきた。例えば、フランスの姉妹カティアとマリエル・ラベック(名高いピアノ・デュオ)は、この協奏曲をたびたび取り上げ、大きな喝采を浴びている。近年のある評では、モーツァルトの「発泡するような二台ピアノ協奏曲」が、「ラベック姉妹の手にかかると、彼女たちの代名詞である『テレパシーのような』コンビネーションによって生命力豊かに炸裂する」[36]。こうした演奏は、この作品が各ピアニストの個々の妙技だけでなく、アンサンブルとしての相乗効果をもいかに際立たせるかを示している。今日の聴衆や批評家は、この曲の輝かしく会話的な性格に喜びを見いだす——それはモーツァルトが1779年に、音楽をともに奏でる歓びを祝うために吹き込んだ資質そのものである。
総じて、モーツァルトの二台ピアノのための変ホ長調協奏曲(K. 365)は、魅力的で革新的な貢献を協奏曲レパートリーにもたらした作品と見なされている。古典派の優雅さに遊び心を融合させ、複数の独奏者のために発想の豊かさと華やぎをもって書いた、モーツァルトの作曲活動の特異な瞬間をとらえている。18世紀にモーツァルトとその姉のための私的な作品として生まれ、21世紀には第一線のピアノ・デュオによって演奏されるに至るまで、この二重協奏曲は長く生き続ける作品であることを証明してきた。これは、モーツァルトがきらめく対話とバランスを楽器間に巧みに築き上げる能力の証しであり、二世紀以上にわたって聴衆と演奏家に愛されてきた遺産として屹立している。
Sources:
Mozart K. 365 Wikipedia[6][10][14]; Program notes by L.A. Philharmonic[1][13][21]; Boston Baroque (M. Pearlman) notes[37][9][32]; BSO (M. Steinberg) program note[3][38]; Hyperion Records notes (T. Lev)[4][17][25]; Quinte Parallele interview (Mendelssohn reference)[34]; Monteverdi Choir site (Labèque review)[36].
[1][2][13][16][20][21][27][28] Concerto in E-Flat Major for Two Pianos, K. 365, Wolfgang Amadeus Mozart
https://www.laphil.com/musicdb/pieces/1438/concerto-in-e-flat-major-for-two-pianos-k-365
[3][7][11][29][30][31][38] BSO
https://www.bso.org/works/concerto-in-e-flat-for-two-pianos-k-365
[4][5][15][17][19][22][23][24][25][26] Concerto for two pianos and orchestra in E flat major, K365 (Mozart) - from CDA68367 - Hyperion Records - MP3 and Lossless downloads
https://www.hyperion-records.co.uk/dw.asp?dc=W10045_68367
[6][10][14][18] Piano Concerto No. 10 (Mozart) - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Piano_Concerto_No._10_(Mozart)
[8][9][12][32][33][37] Mozart's Concerto No. 10 in E-flat Major for Two Pianos — Boston Baroque
https://baroque.boston/mozart-365
[34][35] All roads lead to Mozart – Part I – Quinte Parallele
https://www.quinteparallele.net/interviste/all-roads-lead-to-mozart-part-i/
[36] Mozart: Double & Triple Piano Concertos | Monteverdi Choir and Orchestra




